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横浜地方裁判所 昭和30年(わ)183号 判決

主文

被告人井上勘一、同庭田直道を各懲役六月

被告人岡本庄次、同粟竹時雄、同水口巖、同井上広恵を各懲役五月

被告人高橋輝男を懲役四月

被告人荻野利義、同川久保正夫、同新保陸郎を各懲役三月

被告人鈴木千代次、同鈴木文平、同山岸平吉郎を各罰金三千円

被告人関富雄、同岡本一美、同石田広久、同露木富一、同砂山和男、同青木義一、同穂坂隆、同市川晃、同三村善一郎、同本郷敏男、同杉崎辰治、同椎野盛一、同三橋奎次、同井上政吉、同石井貞雄、同野村正雄、同鈴木嘉一、同島田一男、同内村幸一、同小林定雄、同鈴木保雄、同斎藤喜作、同湯山栄二、同羽切寅男、同工藤武男、同相沢甲子夫、同永峰修次を各罰金二千円に処する。

右罰金刑に処せられた被告人等がこれを完納することができないときはそれぞれ金二百円を一日に換算した期間不完納の被告人を労役場に留置する。

ただし被告人等に対し本裁判確定の日から何れも各一年間前記懲役刑または罰金刑の執行を猶予する。

理由

(罪となる事実)

被告人等はいづれも日本国有鉄道の職員もしくは職員であつたもので昭和二十四年六月九日より十一日に至る間決行された東神奈川車掌区分会及び東神奈川電車区分会の同盟罷業当時に於ては、被告人井上勘一、同川久保正夫、同粟竹時雄、同岡本一美、同水口巖、同石田広久、同井上政吉、同石井貞雄、同野村正雄、同鈴木嘉一、同島田一男、同内村幸一、同小林定雄、同鈴木保雄、同斎藤喜作、同湯山栄二、同羽切寅男(旧姓勝亦)、同工藤武男、同相沢甲子夫、同永峰修次、同山岸平吉郎は国鉄労働組合横浜支部東神奈川車掌区分会(以下車掌区分会と略称する)の分会員で、被告人井上勘一は闘争委員長、被告人川久保正夫は副闘争委員長、被告人岡本一美、同石田広久は闘争委員、被告人庭田直道、同荻野利義、同岡本庄次、高橋輝男、同関富雄、同鈴木千代次、同露木富一、同砂山和男、同青木義一、同穂坂隆、同市川晃、同三村善一郎、同本郷敏男(旧姓片岡)、同杉崎辰治(旧姓佐藤)、同椎野盛一、同三村奎次、同鈴木文平は同支部東神奈川電車区分会(以下電車区分会と略称する)の分会員で、被告人庭田直道は斗争委員長、被告人荻野利義は副斗争委員長、被告人岡本庄次、同高橋輝男、同関富雄、同鈴木千代次は斗争委員、被告人井上広恵は同支部東神奈川駅分会長、被告人新保陸郎は同支部戸塚信号分区分会の分会員であつた。

而して前記同盟罷業が決行され所謂人民電車の運行された次第は次の通りである。

陸運関係職員の勤務時間は昭和二十四年一月二十四日運輸大臣達甲第四十一号により改正せられ同職員は実働四十八時間制となり、その範囲内で車掌区関係では列車乗務員は一日の勤務時間八時間、電車乗務員は七時間半と定つた。そしてその勤務時間と云うのは乗務時間(便乗を含む)仕業時間、準備時間、待合時間及び徒歩時間を合計したものであり、その待合時間については乗務員が勤務の中間で乗務のために電車を待合わせる場合従来二時間迄勤務時間に算入されていたのをこの改正により一時間迄しか算入されなくなつたので現実には一時間を超えてもその部分は勤務時間中に入らなくなつた。然しながら車掌区関係に於てはその仕事の特殊性にかんがみ且つは諸種の事情もあつて早急にはこれを実施せず従前の勤務時間制を維持してきたが、従来運輸省が日本通運株式会社に請負わせていた鉄道の小口貨物積卸等の予算がその年の四月一日から始まつた昭和二十四年度の予算では削除され、ただ猶予期間として六月十三日迄の料金に対し日割計算による予算だけが認められたに過ぎなかつたので此の仕事を国鉄に為させることとし、国鉄が公共企業体として発足する六月一日を期して車掌区関係の従業員に対しても前記改正後の勤務時間制を実施し車掌にはそれに基づき乗務の順序を定めて乗車させ、この新交番制と旧勤務時間制に基づき乗務の順序を定めて乗車させた旧交番制との差、及び公休等のための補充としての予備費を従来は要員の三割九分九厘であつたのを三割五分五厘としての差によつて各捻出された余剰人員を以て前記小口貨物の積卸等の人員にあてることにした。

そこで車掌区分会に於ては右の措置により四十名の定員減となるので、これは労働強化にもとづく人員整理の前提であると考えこれに強く反対しあくまでも旧交番制による乗務を強行しようとした。そして同車掌区長側では新交番による乗務を準備し、新交番確認表を掲示したりして、その確認を求めて六月一日に至つたが依然として旧交番により乗務しようとする車掌区分会側と新交番により乗務させようとする同車掌区長側との間の紛争が納まらず車掌区分会側は旧交番により乗務したのでやむなく同車掌区長側はこれを新交番に当てはめて運用することとし新交番によるものとして乗務させてきたところ六月九日に至つて東京鉄道局長は同日午前十時附で右反対者のうち主だつた十名の者に対しこれを業務命令違反として免職の発令をした。そこで車掌区分会では既に七日の職場大会で免職者が一名でも出た際は同盟罷業にすすむことを決議しておつたので同日午前十二時四十五分頃同盟罷業に入り電車区分会も同日午後二時頃職場大会を開催しこれに同調して同盟罷業に入つた。一方同支部東神奈川駅分会でも十日午前中に職場大会を開き右両分会の争議を応援し、最悪の場合は同盟罷業に入るがその時期は斗争委員長に一任すると決議した。そして更に十日午前十二時車掌区分会の三名の者が追加して免職になつた。

かくて九日午後京浜東北線中東神奈川車掌区所属の車掌のみが乗務する行路の電車は白帯車(進駐軍向けの)一本を除きその運行を停止した。しかし前記車掌区、電車区両分会側では同盟罷業の戦術として電車の運行停止を続行することは不利と考え、十日午前一時過ぎ、とに角同日の初電より運行をはじめることにして東神奈川電車区長にこれを申入れたが、同時刻頃東達甲第五百八十三号により東神奈川車掌区所属車掌の担当する乗務行路から京浜東北線電車及び横浜線電車列車の行路が削除された為電車の運行は出来なくなり次で同日午前十二時附で東京鉄道局長は午後四時迄に職場に復帰し正常な勤務に服しないものは全員解雇処分に附すると云う趣旨の警告を発した。そこで車掌区分会は同日午後三時半頃東神奈川駅附近にある同分会事務所前の広場でなお同盟罷業を続行するか否かについての職場大会を開いて同盟罷業を続行と定め、その際その戦術として同分会管理による電車を出すことを決議した。

他方電車区分会も同時刻頃同駅附近にある電車区技工詰所に於て右同様の職場大会を開いて同盟罷業を続行と定め同じく同分会管理による電車を出すことを決議した。

被告人等は国鉄の正常な業務を妨害するものであることを認識しながら右の決議に参加した者及び右決議に同調して具体的に前記の電車を計画指導したり、実際に乗車したり、その運行の情報を担当したり、同電車に貼付するビラ書きをした者などあつて、ここに他の組合員及び外部の争議応援者と共謀の上、

第一、昭和二十四年六月十日午後六時二十二分乃至二十四分頃国鉄当局の業務命令に服することなくその管理を排除して人民電車と表示した赤羽行六輛編成の電車を電車区所属運転士被告人砂山和男に於て東神奈川駅京浜線ホームの東北方にある収容線より運転して引出し同上り三番ホームより出発し、同所属の運転士被告人青木義一、同穂坂隆、同市川晃が同乗し更に車掌区所属被告人井上政吉、同鈴木嘉一、同島田一男(但し東神奈川駅より赤羽駅間及び同駅折返し東京駅前)、同内村幸一(同上)、同所属列車手被告人野村正雄も乗車し、被告人新保陸郎も加わり赤羽駅迄至り同駅折返しで東神奈川駅まで帰り前記被告人野村を除く他は下車し同駅からは電車区所属運転士被告人三村善一郎が代つて運転し車掌区所属車掌被告人石井貞雄が乗務して桜木町駅迄至り折返して東神奈川駅迄再び帰り前記収容線迄運転して国鉄の業務を妨害しなお前記電車と右収容線よりホーム迄引出すに際し、同所信号機の掛である西部信号所信号掛松本福蔵(当時四十年)同鈴木照夫(当時二十七年)に対し前記共謀の国鉄職員百名位及び外来者が集まり「電車を出してくれ」と交渉し、被告人井上勘一も「三分会が共同斗争で決意したのだから出してもよい」と言い、更に前記共謀の数名の者が波状的に右信号所に押掛け両信号掛に興奮した口調で「電車を出せ」「早く出せ馬鹿野郎、何をぐづぐづしているか」等と言い次第に言葉も荒くなり、ついに信号掛松本福蔵をして東京鉄道局新橋管理部の業務命令に反して転轍機を開き同所信号機の信号を入換信号になさしめ亦前記電車をホームより出発させるに際し右信号所より逃避して京浜線下りホーム附近に居た信号掛鈴木照夫に対し前記共謀の数名の者が同人を発見して右信号所に連れ戻した上、同様五十名位の者より「わからねえ奴は殺してしまえ」等の暴言を浴せ、ついに同信号掛鈴木照夫をして前記管理部の業務命令に反して出発信号機を進行信号青色に現示するに至らしめ以て前記電車運転につき威力を用いた。

第二、翌十一日午前七時三十六分乃至三十八分頃人民電車と表示した赤羽行六輛編成の電車を電車区所属運転士被告人本郷敏男に於て前記収容線より運転して引出し同上り三番ホームより出発し同所属の運転士被告人三橋奎次、同椎野盛一、同杉崎辰治が同乗し車掌区車掌被告人羽切寅男、同工藤武男、同相沢甲子夫、同小林定雄、同斎藤喜作、同湯山栄二、同永峰修次が乗車し被告人新保陸郎も加わり鶴見駅迄運転して国鉄の業務を妨害し、なお右電車を右収容線よりホーム迄引出すに際し前示両信号掛に対し前日同様前記共謀の国鉄職員等が集まり「井上分会長が出してもいいと言つているから信号を青にしてくれ」と要求し被告人井上勘一も「出してやつてくれ」と言い、ついに信号掛松本福蔵をして前記管理部の業務命令に反して入換信号を現示させ、亦前記電車をホームより出発させるに際し京浜線下りホーム附近に居た信号掛松本福蔵に対し前記共謀の国鉄職員及び外部応援者等約五十名の者より「早く信号を青にしろ」「何をぐづぐづしている」「駈足をしろ」と荒々しく言い且つ右松本の後を追馳け、右信号所入口に於て同様数名の者が血相を変えて「電車を出せ」と迫り、ついに同信号掛松本福蔵をして前記管理部の業務命令に反して出発信号機を進行信号「青色」に現示するに至らしめ、以て前記電車運転につき威力を用いた。

ものである。(以上は包括一罪と認定する。)

(判示事実に対する証拠の標目)(省略)

(往来危険罪の訴因に対する判断)

本件往来危険罪の訴因は被告人等は全員共謀の上自己等争議団員並びに外部よりの来援加入者合計数百名の多衆の威力を示して実力を以て所轄新橋管理部等国鉄当局の管理経営権を排除して同管理部の業務命令に服することなく擅に被告人等管理の下に所謂人民電車を京浜線東神奈川駅より赤羽駅まで運転進行せしめることを決議すると共にその実行方法を協議或は伝達又は指示し以つてかかる電車の運行が日本国有鉄道の他の正常な電車の往来に危険を生ぜしめることを認識しながら、

第一、被告人井上政吉、同鈴木嘉一、同島田一男、同内村幸一、同石井貞雄、同野村正雄、同砂山和男、同青木義一、同穂坂隆、同市川晃、同三村善一郎、同新保陸郎は外数十名と共に同月十日午後六時半頃より午後十時四十七分頃迄の間六三〇三七電車等六輛編成電車を東神奈川駅より赤羽駅迄更に赤羽駅より桜木町駅まで及び同所より東神奈川駅までの各間を運転進行せしめその間当時正常に運転されていた国鉄の山手線電車軌道と併用区間ある為国鉄山手線ダイヤを混乱せしめ、遂に新橋管理部等国鉄当局をして衝突等の危険を防止する為山手線電車の運行を数本停止するの已むなきに至らしめて同電車の往来に危険を生ぜしめ、

第二、被告人相沢甲子夫、同羽切寅男、同工藤武男、同鈴木保雄、同永峰修次、同斎藤喜作、同湯山栄二、同本郷敏男、同三橋奎次、同椎野盛一、同杉崎辰治は外数十名と共に同月十一日午前七時三十分頃前日同様六三〇三七電車等六輛編成電車を運転して東神奈川駅を出発し同日午前七時四十八分頃鶴見駅迄至り他の電車の往来に危険を生ぜしめたものであると謂うのである。よつてこの訴因につき判断する。

云うまでもなく運行する電車に原因して発生する電車往来危険の態様は (1)運行する電車自体の脱線顛覆、破壊によつて発生するもの、(2)運行する電車と他の電車との衝突又はこれを防止する為に発生する他電車の脱線顛覆、破壊、(3)運行する電車の為に生ずる他の電車相互間に於ける衝突とが考えられる。先づ本件電車の運行に関して(1)の点につき検討する。

本件六月十日に運行した電車(以下第一号電車と略称する)、本件六月十一日運行した電車(以下第二号電車と略称する)はいづれも六輛編成のものであつて判示の如く東神奈川電車区所属の運転士が乗務して運転し、同車掌区所属の車掌が乗務して居り判示の如く運行されたものであり第一号電車については前面に赤羽行の方向板及び電車番号一八五〇Bを示す番号札が掲げられており、同電車は国鉄所定の運行表にもとづき十八時十五分発東神奈川駅発赤羽行とせられ帰途は赤羽駅発一九七三Aの所定運行表にもとづき運転するように電車区分会斗争委員被告人高橋輝男より指示されて運行したものであり、第二号電車は当日は平常なら第二仕業担当が所定であつたので電車区分会斗争委員会被告人鈴木千代次から所定の二ダイヤのすじで運転するよう指示されて運行したものである。ところで以上の第一、第二号各電車と通常の電車との相違については業務命令に反しておる電車と反していない電車と云うことの外に本件各号電車側面には白墨で人民電車と記載されてあり、又同電車には人民電車と記載された半紙大のポスターがはられてあり、第一号電車にはその先端に一本の赤旗が掲げられてあり且又運転士車掌は本件各号電車には罷業時であつた為妨害乃至紛争を乗切る為により多数のこれ等の者が乗車して居つたに過ぎない。

而して右各号電車は特に故障の無視信号の不遵守各種注意義務の違反正規を超える異常スピード等を以て運転されたと云う様なことは少しも認められない。従つて通常の電車に比較して(1)の点に関し特に危険があつたと云うことは到底出来ないし、又本件各号電車を巨大な動力を有つ障礙物と見ることも勿論妥当でない。単に判示の様な業務命令に反したと云う一事を以てしては(1)に掲げた往来危険を認定することは出来ない。

次に(2)(3)の点につき検討する。第二号電車についてはその前後に全く電車が運行されて居らぬのでこのような危険は生じない。第一号電車については同電車の運行により上野駅、品川駅で通常の電車の運転整理をなされたことが認められ、又同電車の運行により山手線、京浜線(特に田端、田町間の両線の併用線区間)に於て第一号電車と他の電車との間の時隔乃至第一号電車運行に原因して生じた電車間の時隔が一分乃至二分(前記併用区間に於てさえ電車と電車との当時の通常時隔は四分)に短縮した場合の生じたことが認められる。それ故第一号電車の運行によつて生じたこのような事態は電車の衝突顛覆脱線破壊等の実害を発生すべき虞のある状況を作為したと云えるかどうか。云う迄もなく現代に於ける高度に発達した交通機関の運行は迅速を以てその一大要素としておりこれあるが故にこそ吾人の社会生活に大きな寄与を齎すのであるが、此の迅速なるものはまた交通機関より生ずるあらゆる危険の根源であつてしかも幾多の施設工夫、努力に拘らず厳密に云えば必然的に若干の危険を随伴することを免れないのでその総てを捉えて違法と見ることは到底交通機関に対する吾人の社会的要請を満す所以でない。

然らば如何なる程度の危険を以て違法となすかはそれの運行によつて生ずべき危険の発生を防止する為に遵守することを要する諸法規乃至慣行の許容する通常の状態を逸脱するか否かによつて決するのを相当とすべきである。少くとも右の通常の状態内のそれを違法として所定往来危険罪の危険に該当すると為すことは甚だしく交通機関の実情に乖離する過酷の解釈であつて法の真精神に合致しないものと謂わなければならない。そこで此の見地に立つて先づ前示運転整理なる事態を考えてみるに業務命令に従つて運行する通常の電車間に於ても或る電車の何等かの事情(例えば駅ホームに於ける乗降客の過多により所定時間を経過後発車する場合等)により他電車に影響の及ぶ場合(国鉄の如き体系的な運行表にもとづき運行する電車間においては当然影響を免れない)それに因つて電車の運転整理をするが如きは日々行われ寧ろ通常の状態であつて斯る事態は一般乗客である吾人さえ日常その経験に乏しくないところでありその都度これを以つて電車往来危険罪を構成すると見るの失当なことは前説示を待つ迄もなく多言を要しないであろう。従つて本件第一号電車の運行に原因して電車の運転整理が行われたとしても同電車が通常のそれと同様運転上の諸規則等を遵守する限り右の一事をもつてしては未だ違法な危険の発生ありと云うことは出来ない。而して仮りに本件運転整理が為されなかつたとしても運転整理の原因となつた電車の運行自体は各信号の現示に従い運転諸法規の遵守を欠如しない限り通常の電車と同様或いは輸送能率に消長を来すことはあつても違法の危険を生ずる筈のないこと本説示を首尾通覧することにより自ら釈然たるべきである。次に前示時隔短縮の事態について考えてみるに国鉄に於てはその路線中運行密度の高い箇所には自動閉塞信号機を設置して事故の防止をはかつており、その停止信号赤色は前第一閉塞区間における電車の存在、注意信号黄色は前第一閉塞区間における電車の不存在と共に更にその前の区間に於けるその存在、進行信号青色は前第二閉塞区間に於けるそれの不存在を何れも現示するものであるが更に運転法規を見ると昭和二十三年八月五日達第四百十四号運転取扱心得第三百二十七条第三百十四条により同年東達甲第百六十一号運転取扱心得細則第百二十七条は自動区間において閉塞信号機の停止信号により停止した列車は停止信号中においても直ちにその現示箇所を超えて進行してもよいと規定して所謂一閉塞区間における二列車の存在と従つて列車間の時隔がダイヤ面の最短限を超えて短縮される場合とを予想して居りこれを実際の運行の上に見ても当時正規のダイヤ面に於ては田町に於て千五百五十七Aの電車とKのO三荷物電車が十六時二十二分と二十三分の一分間隔で南行する場合及びラツシユ時間に東京駅で千五百五十六Bと千六百二十四電車が十六時五十六分と同五十八分の二分間隔で発車する場合のあるに徴しても第一号電車の運行に原因して偶々判示区間に生じた電車間の時隔の短縮一分乃至二分と云う事態は関係規程乃至慣行の許容する通常の状態であること明らかであつて前説示に照し、之を違法な危険とは称し難い。しかも現に本件において具体的危険の発生を見なかつたのみでなく右に示した国鉄の規程乃至ダイヤ面に基く運行により特に危険の発生を見たと云う証左もない点からも此のことは裏付けられるのである。そして以上の事態以外に本件各電車の運行により(2)(3)に掲げた危険の虞れある状態を生じたと云うことは本件証拠上これを認め難い。右の次第であるから本件各電車の前記のような運行は(2)(3)に示す如き違法な危険状態を発生せしめたとは云い得ない。なお附言するのに京浜東北線各駅においては全く場内信号機の設置があり電車の同各駅に停車中は右信号機の現示する停止信号により同信号機を超えては進入し得ないので信号無視の挙に出ない限り駅構内に於て衝突及びこれに類する危険の発生を見ることはない。又収容線上の電車を本線ホームに引き入れようとする際場内信号機を停止信号に現示出来ない限り入換信号機を進行信号に為すことは鎖錠装置により不可能である。更にその本線レール上に他電車の近接しつつある際は接近鎖錠装置により入換信号機を進行信号現示と為すことも不可能である。従つてポイントも開き得ないによつて信号無視を犯してこれを割り出さない限り前示の危険発生を見る由もない。而して本件各号電車がいづれも関係信号を遵守の上、運転されていた次第は先に述べた通りである。これを要する業務命令に反した本件各号電車は国鉄の輸送能率に若干の影響を及ぼし且つその当局に対して心理的な多少の危険感を生じさせたであらうことは十分看取し得るのであるがこれを以つて本件各号電車の運行が電車往来危険罪の構成要件たる危険を発生せしめたとは認め難いのであつて結局本件各号電車の運行による電車往来危険罪の訴因はその証明がないことに帰するのである。(以上の認定は前掲差戻し前の第一審及び当裁判所に於て取調べた証拠の綜合による)。

(弁護人及び被告人等の主張に対する判断)

弁護人等は憲法第二十八条は団結権、団体交渉権、その他団体行動権を保障しておりこの規定に反する公共企業労働関係法第十七条は違憲立法であるとし、又は同条は争議行為を禁止しているが本件発生当時同法に規定されてある苦情処理、調停、仲裁等の代償機関が未だ実施されていないから無効であるとし本件各号電車の運行は憲法第二十八条にもとづき組合の正常な行為乃至争議行為であつて違法性がない、又は違法な争議行為であるとしても可罰性がないと主張しておるので判断するに最高裁判所が当事件に対して示した如く所論のように公共企業体労働関係法第十七条が違憲であり、従つて争議権が認められるとしたところで争議権の行使は社会通念上許容された限度を超えることを許されないのであつて判示認定のように国鉄当局の業務命令に違反して禁止された電車を運転し、而もその出発に当つて多数の威力を用いて信号掛を威嚇した行為は明らかに社会通念上許容された限度を超えておるものであつて犯罪が成立すると云わねばならないので此の主張は採用しない。

又弁護人は被告人等の行為は労働組合の団結権、組合自治の法定資格のうちに包含され、全く個人の自由意思を欠いていたと云う主張をなしておるが前掲各証拠を綜合すると被告人等は自由意思を欠いていたとも亦本件行為以外の行為を期待出来なかつたと云うことをも認めることは出来ず、反つて被告人等は自由意思を有し又他の行為をも期待出来たと認められるので此の主張も採用しない。

(法律の適用)

被告人等の判示所為は刑法第二百三十四条第六十条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので法定刑中被告人井上勘一同庭田直道同岡本庄次同粟竹時雄同水口巖同井上広恵同高橋輝男同荻野利義同川久保正夫同新保陸郎については懲役刑、その余の各被告人については罰金刑を選択しその所定刑期または金額の範囲内で夫々主文の各刑を量定し右罰金刑に処せられた被告人等がこれを完納することが出来ないときは刑法第十八条に則り夫々金二百円を一日に換算した期間不完納の被告人を労役場に留置することとし、なお同法第二十五条第一項を適用していづれも本裁判確定の日から一年間右懲役刑または罰金刑の執行を猶予することとし訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人等に対しいづれもその負担を免除する。なお前示電車往来危険罪の訴因についてはいづれもその証明がないのであるが判示事実と一所為数法の関係にあるので此の点につき主文に於て特に無罪の言渡をしない。よつて主文の通り判決する。(昭和三一年一二月二六日横浜地方裁判所第二刑事部)

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